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Wittgenstein
054 説得に見えない説得の方法 さあこれから説得してやろうとする意気ごみや態度を見せると、相手はかえって説得されまいとして身構えるものだ。それは説得の力をとても弱めてしまう。もっとも簡単なのは、説得しているうちに相手を納得させてしまうという形をとる説得の方法だ。そのとき説明に使うもっとも強力な言葉は、「本当はこういうことだったのだ」「あからさまに言えば、これはこういうことでしかないのだ」という断定である。 055 うまく伝わらないなら 言い方を工夫せよ 翻訳とは、ある言語の文章を別の言語の文章にたんに置き換えることではない。そうではなく、文章の意味内容のみを別の言語で言い表すことだ。このことは翻訳だけの本質ではない。このことは、誰かに何かを伝えることの本質であり、また同時に理解することの本質でもある。だから、わたしたちの言ったことが相手にうまく伝わらないならば、言い表し方を工夫しなければならない。また、自分がうまく理解できないと感じるならば、相手の言葉にこだわるのではなく、発言されている内容の意味や気持ちを汲み取るようにしなければならないだろう。 056 言葉を革新すれば世界も変わる こんな腐った現状を一撃で打破したいのなら、古い世界におさらばして新しい世界の扉を開けたいのなら、自分が見聞きする言葉の中身を入れ替えてしまえ。どんな言葉も、その中身、その概念は、その時代の文化・風潮・流行・価値観・政治的規範に染めあげられているものだ。だから、そのままの中身でその言葉を使い、かつ考えれば、やはりどうしても他の人々と同じ池の中で泳ぐことになる。したがって、その場所を脱したいのなら、世間や自分の言葉の中身を自分で新しく見出し、新しい形で使っていくのがもっとも手っ取り早いのだ。そこに別の世界が拓けてくる。 057 暴力の世界すなわち辞書 それぞれの意味の微妙なちがいをはなから無視し、微塵の深さも洞察もなく、何もかもいっしょくたにして平たいパレットの上に死骸の標本のように並べてしまう暴力が猛威をふるっている世界がある。その世界の名は辞書だ。 058 言葉には辞書に載っていない意味がたくさんある 社会の中で生きていくためにさまざまな言葉の意味を知りたいと思っている人に辞書を一通りそろえてやれば充分なのだろうか。確かに、書かれた言葉でも話された言葉でも、辞書を引けばその意味がわかるだろう。それにしてもなお、その人は社会の中で過不足なく生きていくことはだいぶ難しい。というのも、一つの言葉の意味はもちろん一つだけではないし、その社会の生活の中でいくつもの異なった意味が生まれてくるからだ。たとえば、「そうですね」がいつも賛成の意味だけではなく、場合によって拒否を意味する場合がある。そういうふうに、言葉の意味はその生活の流れの中から生じてくるものなのだ。だから、辞書と文法の本さえあれば翻訳ができるというわけにはいかないのだ。 059 「幸せだ」と言える人は確かに幸せだ 「自分は幸せだ」と口に出せる人は確かに幸せなのだ。もし、誰かが「自分は貧乏だ」と言った場合、その人の資産状況をつぶさに調べてみれば、平均所得と比べて本当に貧乏かどうかを客観的に判断できる。しかし彼が幸せかどうかは、そういうふうに客観的に判断できない。幸せかどうかというのは一般的基準がないからだけではない。幸せという言葉は、何かを意味する言葉だけではないからだ。では、幸せという言葉は何だというのか。幸せという言葉はもはや言葉ではなく、一種の叫びやアクションのようなものだからだ。幸せという言い方は、喜びで反射的に声を出すときの声と同じものなのだ。 061 無意味は無価値ではない わたしたちはふだん、無意味という言い方をしばしば使う。「これは無意味だ」「無意味なことをしやがって」「無意味な時間を送ってしまった」しかし、どういうふうな言い方であろうとも、無意味とは「この場においては効果的ではない」とか、「今この場のことのことについては、さほど有用ではない」というほどのことを指しているのだ。無意味とは無価値という意味ではないし、人生にとってまったく無駄という意味でもない。意味はその場によっていくらでも変わりうる。ここでは無意味だとされるかもしれないが、別の場ではとても意味あることになるのだ。 117 人生を変えたいなら 仕事でも環境でもなく態度を変えよ 自分の人生を変えようという人は多い。そこで彼らは仕事や住む場所をがらりと変えたり、人間関係を変えたりするのだ。しかし、彼らはなぜか人生改善のための最重要事項について気づいていない。自分の人生を変えてよくするためには、自分の態度を変えなければならないということに。それが人生改善のもっとも有効な方法だということに。 119 問題を解決したいなら、生き方を変えよ 自分の人生にやっかいな問題があるのなら、それは次のことを語っている。すなわち、きみの今の生き方に合っていない、ずれているということだ。そのずれている部分に、今の問題がにょきにょきと生えてきているのだ。では、どうすればいいのか。とにかく、今の生き方から脱すること。今の生き方をすっかり変えてしまうのだ。すると、きみの生き方が本来の生き方にぴったりと合うようになる。そのときには問題はもう気化してしまい、消え去っている。 120 自分は日々コロコロ変わっている 歴史の本を読むと、ある時代には人々が魔女の存在など信じなかったのに次の時代にはすっかり魔女を信じてしまうということが起きたのにわたしたちは驚いてしまう。人はこうもコロコロと考えや行ないを変えてしまえるものか、と。けれども、日頃の自分のことをよく思い起こしてみれば、必ず思いあたるだろう。この自分自身にしても、今までしていたことが今日はできなかったり、あるいはしたくなかったり、これまで考えもしなかったことを今はためらいもなく行っている場合が頻繁にあるのだから。 125 人生については正確に問うことも答えることもできない 疑いが生まれるならば、そこからは問いが生まれる。問いが生まれれば、そこからは答えが生まれる。しかし、これら疑い・問い・答えが生まれる場所は、いつも言葉と論理がある場所に限られる。言葉と論理がない場所から生まれるものには、疑い・問い・答えが生まれることがない。つまり、人生について、魂について、あの世について、神について、わたしたちは正確に問うことも、正確に答えることもできない。それらはただ、経験されるのみ。そして、説明することができない。したがって置かれるのは、ただ沈黙のみ。 126 人生の問題は思わぬ形で解かれる 数学の問題は、書いて解くことができる。それが解けたということを、誰もが確認できる。人生上のもろもろの問題は、そういう形では、誰もがわかるように目に見える仕方で解かれることはない。しかし、そのつどまったく別の形で、思わぬ仕方で、不意に、あるいはそっと、これまで考えもしなかった意味でのみ解かれるのだ。 127 人生の問題は 最高の科学者でも解けない 最高の頭脳を持った数学者と物理学者を呼んできさえすれば、今ここにある人生の問題がたちどころに解けるだろうか。それは無理だ。なぜならば、数学者や物理学者が解ける問題はまったく純粋で冷たい問題だけだからである。ところが、人生の問題は必ず時間を含んでいる。つまり、たくさんの変化が繰り返され、いつも流動しているような温かい問題なのだ。 128 時間の少なさを嘆くな 考えなければいいじゃないか。考えるから気になって仕方なくなる。そのイライラがいやだというなら、考えてはならない。考えなければ、そこには何もなくなる。時間だって同じことだ。時間が足りないと悲しむな。時間は増えたり減ったりはしない。それなのに時間を何かの量のように考える癖があるから、時間があるだのないだのと思ってしまうのだ。たいせつなのは時間の多さとか少なさじゃない。何をするかだ。何が起きて、それにどう自分が向き合うかだ。出来事なしの時間なんて意味がないものなのだから。 144 人は好きなものにしょっちゅう触れていたがる その人が何を本当に好んでいるのか、どうやって知るのか。「ブラームスの曲が大好きなんだよ」という言葉か、「おお、なんてすてきなんだ。最高じゃないか」という感嘆の様子か、あるいは何かについてのその人の表情とか眼の輝きなのか、あるいはその人がくり返し話題にすることなのか。その人が本当に好んでいるものは、その人が一人のときでもしょっちゅう触れたり見たり、接したりするものだ。しばしば口にしている料理。読み続けている書物。古くなっても相変わらず着ている洋服。口ずさむことの多い曲。座ることの多いソファや部屋の場所。 146 多くの人の視線が注がれたものが価値を生む 人が視線を注いだものにこそ、価値というものが生まれる。たとえば、岩山の中にある石が貴重な宝石だとされるように。人が眼をそむけたものからは価値は生まれない。これほどに価値を創造する力を持つ人の眼。 150 行動に理由はない たとえば椅子から立ち上がるとき、わたしたちは自分の脚がまだここにあるのかどうかを確かめたりしない。そして、いきなり立ち上がろうとする。これがまさしく「行動」というものだ。わたしたちが行動を起こすときはいつもそんなふうに、自分の状況や条件についてあらためて慎重に確かめたりはしないのだ。 154 才能が人にわかるようでは まだ薄っぺらだ 天才というのは、才能の最上級のレベルのことではない。天才とは、才能といったことをすっかり忘れさせてしまうほど圧倒的な力のことだ。才能が人目につくようならば、それはまだまだ薄っぺらなものだ。 155 天才は光を一点に集中させる 天才は光を持っている人だ。ふつうの人々もまた光を持っている。その光の量と質は、天才もふつうの人もまったく同じだ。しかし天才のほうは、その光をレンズで一点に集中させ、まばゆい光線にすることができるのだ。 156 時代の先行者は やがて時代に追い越される 時代の先を走っていることだけを売りにしている人は、いつのまにか時代に追いつかれ、やがては時代に追い越されてしまう。 165 ありふれたものに神秘を見出せ 多くの人は神秘的な印象を与えてくれるものが好きだ。そして、周りに溢れていて見知った事柄を神秘的だと思うことすらない。だから、昨晩に見た夢について語り、感性について語り、美だの愛だの思想だのについておしゃべりをする。しかし、自分の部屋の机や鉛筆については少しも語らない。どうしてだろう。ふだんから使っている机や鉛筆や枕や靴だって、夢だの愛だの感性だのと同じくらい神秘的ではないだろうか。そんなありふれたものもまた神秘的だということもわからないのだろうか。